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2009年11月15日日曜日

This is it!

2人の友達のブログを読むと、2人ともこの映画を見に行った感想を述べている。
アメリカにいながら、私はまだ見ていない、ではいけないなぁと思い、
”明日、This is it!を見に行こうよ。”
と息子を誘った。
オッケーということで、学校の帰りに映画を見て、映画館のとなりの日本のスーパーマーケットで晩ご飯を食べて、アイスホッケーの練習に行くというパーフェクトなスケジュールを立てた。

平日、時間帯、NJ、 ロードショーされてしばらく経つ、などの理由で10人入っていたかな?というがら空きで、観客は非常に行儀が良く、画面に向かって声をかける人も、マイケルと一緒に踊る人もいなかった。

彼の死から一週間は、毎日ラリー・キングショーをCNNで見ていた。殺人か?親権は誰に?マイケル,マイケル、の日々だった。
お葬式のコンサートを見てからは、Jarmaineの歌った”スマイル”にハマってしまって、iTuneにマイケルのスマイルを入れてレピートして、一日中、毎日、聞いていた。


この曲はチャーリーチャップリンのモダンタイムズで有名。
けれど、マイケルがこのチャーリー・チャップリンのファンであったこともこの曲を歌っていることも知らなかった。


そろそろ飽きる頃、私の好きなMadeleine Peyroux に切り替えた。
すると、彼女も”スマイル”を歌っているのである。もう、3年も聞いているアルバムなのに、Jarmaineのスマイルを聞いたときにMadeleineは浮かばなかった。


今度はまた、彼女のバージョンで”スマイル”を毎日,聞いた。

あれから、4ヵ月、マイケルに再会。
この映画の全曲を口ずさめるのは、私達が同世代で、一緒に育って来たからだと思う。ソウルトレインのマイケルを覚えているのだから。

マイケルは生きている間は全ての面で超越(beyond)していた。
死んで人間(Human being)になったと私は表現している。
この映画はまさに私達と同じ位置で見れるマイケルに会わしてくれる。舞台裏のマイケル。
”Natural" "Gifted"とは彼のためにある言葉だと思う。
それなのに、それにしても、悲しいで人生だったと思わずにはいられない。

ここ彼をで失ってしまったのは本当に悲しいけれど、70歳のマイケルには会いたくなかったという気もする。
おっと、そんなことをいうと66歳で後4年で70歳のミック・ジャガーに悪いかな。
70歳前であれだけステージで歌って踊ってと出来るというのも凄いなと思います。

14歳にもなると親と映画などに行っては、友達に恥ずかしいのだそうです。
ですから、うちの子は誰にも私とこの映画を見に行ったこと言っていないそうです。
仲のいいアイスホッケー・マムにアイスホッケーの練習中、
息子と映画を見に行っていたというと、
”そんなことはうちではあり得ない.娘も息子も私となんか映画にいくはずがない。”
と言ったんです。
今時のティーンエイジャーはそうなのだそうです。
それは悲しい。と思いませんか。

ということは、日本で2人でカラオケに行って、マイケルに敬意を表してと
I will be there を歌ったことなんか、ビッグシークレットなんだろうなぁ。
勿論、私はスマイルに挑戦したが、バージョンがNat King Cole、練習が必要!

2009年11月10日火曜日

これでショーの様子がわかるかな?

Taeko Doll
タエコ人形
Katsumi Punch-needle Work
かつみのパンチニードルワーク
Hoodie's Collection
フーディの生地で作ったいろんなもの
キルト、ぬいぐるみ、エプロ
、帯
ぬいぐるみのお問い合わせは気儘屋まで。
kimama_ya@hotmail.com
スカートエプロンの問い合わせはTail Treeさんに。
info@toyagree.com

よくばりエプロンは東京ドームキルトフェスティバルにお目見え予定。
詳しいことは後ほどです。

帯の問い合わせはWa-Uraraさんに。
harumi@matoyama.co.jp
この3点のみ。サンプルセール
お値段,6800円

展覧会の飾り付け完了!

タエコ,飾り付けご苦労さんでした。

携帯で撮った写真ですが、アメリカと大阪まで届きました。
これプレピクチャーズ。
ちゃんとした映像は後日、プロが撮ってくれるとのこと。
皆さん、楽しそうな展覧会です。
お出かけください。

AMULET NOV 9 - 15

2009年11月4日水曜日

復帰記念!

久しぶりに3人でグループ展をしようかなどとタエコと話し合ったのは,おそらく私の母が死んでタエコが大阪に来てくれた頃、1年半ほど前。

アメリカに行く年、1993年、
16年前に金沢のタエコたちの画廊,ギャラリー17で
Three piggies 展をやった。16年前のタエコと私のバトルパーティ私は既に日本を7月の初めに出ていたので,
その展覧会にも行っていない。ハワイにいたと思う。
事務所や家を引き払い,友達の事務所に居候して作品を仕上げた。
私がこの写真でペイントしているのと,
画廊に飾っている屏風の作品とは裏表で一対。

タエコたちはその後,東京に移り、かれこれ10年以上になる。
あのグループ展から、16年とは凄い年月が経ってしまったもんだ。

作家活動的なことは1994年にNYのユニオンスクエアの額縁屋、
Frameworks New Yorkでやってもらった"Blooming Woman" 展以来、
諸事情で断念していた。けれどタエコが私をグループ展に誘ってくれる限り,私の作家意識をくすぐり,作品を作ろうとするエネルギーを与えてもらえるのはとても有り難い。
しかも,彼女の人形30体以上の作品の中には、亡き母の服をリサイクルして作ったものも含まれている。私が夏に帰国した時に,その人形たちに会ったが、感慨深いものがある。
TAEKO DOLL

竹岡かつみ作品展
Merry Christmas to a Dear Girl

12月14日(月)から25日(金)クリスマスまで
12時から19時まで
土曜日,祝日,最終日は17時まで.日曜日はお休み
The 14th. MOON
〒540-0021 大阪市中央区大手通1−1−1
tel 06ー6943-5892

ちゃんと作家として活動しているタエコやカッちゃんには申し訳なく,私はいつも土壇場仕事である。
今回の展覧会も土壇場仕事となった。
日にちをかけていいものを作って,そこから選ぶという余裕のある人生を送ってみたい。来年こそはである。
今回,東京に送ったものは生地のオリジナルプリントに至るまでの過程(私のアメリカの人生)も含めて、それで作った作品には、1から10までHoodieという愛着がある。
HOODIE'S CUTIES

私の最愛の作家たちの作品と同じ空間に置かれる私の作品を今回もまた、この目で見えないのは残念でしかたがない。

これを機会に作品作りに復帰し、私の16年のアメリカの人生も別のブロクにて掲載します。
お題は、”うちのダンナはホームレス”

needleworks—布の仕事×3—

竹岡かつみ(刺繍クリエイター/大阪)
中野多恵子(人形作家/東京)
Hoodie(ファブリックデザイナー/NY)

3人が出会って、
あっという間に約四半世紀……
それぞれが、ずっと布と関わって
作品を作り続けています。
作品の方向性も、活動の仕方も、三人三様。
ひさびさに3人が作品を競い合う!
東京では初のバトルパーティです。

AMULET / ギャラリーとカフェ〒101-0051
東京都千代田区神田神保町1-18-10 三光ビル1F
tel&fax 03-5283-7047

open 12:00am~20:00pm
メールは amulet@mbe.nifty.com へ

私達のショーについてのお問い合わせ
中野多恵子/nrk39381@nifty.comへ

2009年1月20日火曜日

今日という日。

1月20日、失望し、怒っていた長い悪夢の8年は終わり、そして始まった今日という日

息子が学校に行くとすぐにTVをニュースチャンネルにして11時半の大統領就任式を待った。
いつも通り、今日は今日の仕事をする予定でコンピューターに向かって、TVの音声だけを聞いていたが、10時半、どうしても落ち着いて仕事が出来ないので、仕事はあきらめ、TVの前に座った。
歴史的なこの日を、瞬間をその場で確かめようという人たちの群れは23度(マイナス5度)のワシントンDCに集まリ、その時を待っていた。

日本の友達と2日前に話した時、”この就任式をアメリカ人はなんていっているの?”と訊いたが、私の周りの人間関係で、”今日という日”のことを口にする人は一人も居なかった。
スーパーボールに向けてのフットボールのプレーオフを見なくては!という話しは出たが、オバマの就任式の話しは誰もしなかった。
息子は毎日、後何日でオバマが大統領にとカウントダウンしていたが、私は息子以外とは"今日という日”の話しはしなかった。

アイスホッケーのチームメイトの親がパスタパーティをした時、そこにいた親たちは全員、マッケイン支持者でペイレンをすばらしいと褒めていた。私は2,3歩退いた。私はとても彼らの話しには参加出来なかった。

オバマが選挙で勝った後、驚いたことに、息子が属するアイスホッケーのチームの(20人以上いる)ほとんどがマッケイン支持者で、オバマを嫌っているということがわかった。
息子がロッカールームで見つけたオバマと書いてあるステッカーを自分のヘルメットに貼ったら、アシスタントコーチが息子に強い口調で”ステーカーを取れ”と言い、それから彼は息子に対して好意的ではなくなったらしい。

仕事先でも、”どちらに投票したの?”と聞いてから、オバマの当選の話をしようと、担当者のアシスタントに聞いてみた。
”マッケイン”と即座に答え、オバマは好きになれないと強い口調で理由を述べた。

息子の学校のある先生はオバマを嫌い、マッケイン保持者だった。息子は何度もその先生と言い争いをしたと言っていた。
13歳の子供が政治のことを話すとなると90%はその子の話しは親の意見だと思っていいと私は思っている。だから、私は息子に、あまり政治のことは口にするなと言ったものの、うちの息子はちゃんと自分の意見としてオバマ支持者で、ブッシュを嫌っていることを主張しているようである。

だから、”今日という日”は学校に行かずに家で実況で見たいといっていたが、三日後から中間テストが始まるので、テストの範囲も分からない授業があるので、納得して学校に行った。
息子の学校では大統領オバマのスピーチが始まる前に全生徒を体育館に集めて、TVでスピーチを聴いたそうである。
彼の同級生の一人が、オバマは嫌いだ。暗殺したくらいだと言ったというのである。
こういった人たちのことは勿論、TVでは紹介しないが、存在するということも忘れてはならない。

私はブロードキャストの意見が偏らないようにと考慮してCNNとabcを交互に見ていたが、
最終的には討論会の時から見ているabcに合せた。
多く人々のインタビューを聞きながら、徐々に、私は感情的になっていった。
オバマが大統領に正式に任命される頃には、ぼろぼろ泣いていた。

みんな泣いているようだった。

涙となったそれぞれの思いはなんなんだろう。

黒人が白人の行く店や学校に入れなかったり、道を隔てて白人の生活と黒人の生活が別れていたのはそれほど昔のことではない。その頃のことを覚えているものも沢山いるだろう。親から聞かされて育った子供たちも多いだろう。
黒人も白人も,”今日という日”を想像出来なかったに違いない。
しかし”今日は存在するのである

今日で変わるのではなく、今日から変えて行く。オバマとともに私たちが変えて行くのだという”今日という日
多くの人々が支持出来る筆頭者を得たアメリカはやはりアメリカだった。
アメリカ人で良かったとつぶやいた人間がどれだけいただろうか。

オバマのスピーチは、一つ一つの言葉が重かった。それが19分もあったから、緊張を作り、驚き、私の涙は途中で止まってしまった。なぜなら、彼はアメリカの大統領という立場より、もっと高いところに立って世界に語りかけ、彼の中にある彼の構想はおそらく私が考えていたより遥かに深く大きいのだと知ったからだ。
初のアフリカンアメリカンプレジデントと繰り返し、繰り返し報道しているが、黒人が大統領になったということはたしかに歴史的ではあるが、オバマという人はもっと超越したところにいると思った。

歴史的な"今日という日”はまだ終わらない。

10っ箇所で行なわれているサラブレーションパーティの一つ一つに顔を出していたオバマに舞台裏でabcがインタービューした時、僕は僕で政府として改善に努力をするが、一人一人が全ては良い方向に変わって行くのだと信じ、努力することが大事だと彼は念を押した。

オバマは今日という日を境に明日を作らなければならない。
私はそれぞれの前向きな明日は"今日という日”を境にあると強く思う。

2009年1月4日日曜日