Google Website Translator Gadget

2010年2月22日月曜日

悲劇のプレジデントウィーク

リンカーン(2/12)とワシントンの(2/22)誕生日を挟む2月の第3週目はプレジデントウィークと呼ばれて1週間休みにする学校が多い。私の町も3年前まではそうだったが、今は月曜と火曜の二日間だけ休みである。
この週はアメリカの冬休みみたいな週と思ってもらっていい。この期間はリゾートはやや込み合うので格安では旅行できない。だから私としてはうちの町が休みにしないのはありがたいことである。
第2週目に大雪が降って、二日も雪で学校が休みになったので、スキー、スキー気分の我が家であった。冬は短いので、雪に恵まれた時にはそれを謳歌しなければならないと私達は思っている。
Mountain Creekのサイトに行って、Terrain Park Floaty 3 on the Step Downというのをクリックしてもらうと、うちの子のジャンプが見れる。(いつまでアップしているかは分からないので、なかったらごめんなさい)
ジャンプ、何回転するか、レール、こういったトリックを練習するためには、できることなら毎日でも行きたいところだろうが、学校、宿題、他のスポーツ(アイスホッケーにバスケット)試合に練習、その上スキーだなんて、そう簡単なことでもない。しかも連れて行くのは親である。
スキー山の麓に住みたいぐらいだ。

このジャンプは大変危険である。着地が急な坂になるのでスキーがはずれたりする可能性が高い。実際この日、彼ははずれたスキーで唇を切ってドラキュラのようになり、真っ白な雪に真っ赤な血で染めた。しかもしばらく動かなかったので、歯を折ってしまったのかと思った。救急室で見てもらったら、少し唇を切っただけでたいしたことがないと言われると、本人も私もほっとした。
その日の夜に自分のジャンプがスキー場のサイトに載っているとわかって、“この怪我はもう気にならない。”と、ますます意欲的である。
大雪のお陰で、木曜、土曜とスキーに息子とその友達、Fを連れて行った。

Fの家族(双子の弟と妹がいる)は湖のほとりにある別荘に土曜日から行くが、Fはバスケットの練習とインドアサッカーの試合があるので一緒に行けない。私たちも日曜日にはアイスホッケーの試合があったので、その別荘には行けなかったので私がその子を週末預かって、日曜の夜に私達がその別荘に行くという事になった。
そして、プレジデントウィークの月曜と火曜が休みをその辺りにあるスキー場で私たちもスキーするという事に何となくなってしまっていた。
私もこのスキー場には7年前に行ったきりだったので、久しぶりに行ってもいいかと思った。
私は彼の両親もこの二日間、そこにいると思っていたが、火曜日には仕事に行かなくてはならないと言って月曜に帰ってしまった。これは私の予定外だった。
私はかわいそうにも、この二人のティーンエイジャーの面倒をもう一日、一人で見なくてならなくなった。
こないだの日本の出張の時、うちの子を預かってもらったので、これも使命と受け入れたが、この状態での6日間は長かった。私の逃げ場所がなかったからである。
親がいなくなって、別荘の主となった金持ちの息子,FはXーBOXをリビングルームの大きな液晶テレビに接続し、アメリカンアーミーがテロリストを殺すというゲームを始めた。

晩ご飯は彼の勧めで日本食のテイクアウトとなった。
そのメニューにある住所をナビは読み取らないので、Fについて来てもらおうと思ったが、ゲームをやめない。”どうやってそこに行くかなんて知らない。20分ぐらいかかるから、すぐにでも出た方がいい。”と言って自分はついてくるつもりはないようなので、息子を連れて出かけた。
雪の降る中、私達は迷い、何度もそのレストランに電話を入れた。
一時間以上かかって、ようやく食べ物を持って帰ったら、私が席に着く前に既に食べ、食べ終わると、すぐにゲームを始めた。

その家はかなり高い温度に家の暖房をセットしていたので、特に2階は乾燥していて、私の咳は止まらず、部屋の窓を開けていたが、凄く体調が悪くなった。
部屋にある小さなテレビでオリンピックを見ながら休もうとしたが、一階から聞こえるライフルガンの音がうるさくて、全く休めない。
画面が血だらけになるゲームなど見たくないので、下に飲み物を取りに行くも億劫で、息子に持って来てもらった。
ゲームに興味のない息子は2階の別のテレビでオリンピックを見ていた。
12時についに私はその子を”ゲームをやめて寝るように”と怒鳴ってしまった。

次の日の朝、雪が降っていてコンディションも良くなかったし、私はどうしてもスキーに行く気になれなかった。
起こしても起きない子供を連れて行く気もしない。
しかも起きるなり、ゲームを始めたから、たまったもんじゃない。

うちの息子は小さいときから、ゲーム向きでなく、1時間もするとすぐに飽きで外に遊びに行きたくなる。だからPSPのブームの後から、Wii, XーBOXなどはうちにはない。
最近の子供たちがどんなゲームに中毒になっているかなど全く知らなかった。
親は何百ドルも出してX-BoxやWiiを買い、液晶テレビに買い替え、この手のソフトを買い与えているのである。お金のある家はツーインカムだから、ずーっと親が家にいるという事がない。しかも、家も大きいので地下室とか親が入らなくてもいいところを子供に与えれる。親は2階の自分の部屋で自由を手に入れれるので、機関銃の音も聞かなくてもいいし、画面の血も見なくてもいいのである。
息子の話ではアメリカではなく全世界のブームで85%までの子供がこれらのゲームに熱中しているという。驚いて声も出ない。

人の家で睡眠もうまく取れなかった私はジャンプの山の側面を滑って行く息子とFの後について、つい同じところ滑ったら、少しジャンプしてしまった。これも予定外で、着地に失敗して転んでしまい、即座に外れなかった左足のスキーで足首をひねってしまった。
立ち上がろうとしたらかなり痛かったので、息子に電話して来るように言って座って待っていたら、他のスキーヤーが救急隊を呼んでしまった。
立てないならソリで下まで連れて行くと言う。この際だから御世話になることにした。これはスキー歴の長い私にとって始めての経験だった。
救急隊は私をトレインパークで拾ったのと、私は小さくてティーンエイジャーのような格好だしゴーグルして口も覆っていたから、私が35歳以下である事を疑わなかった。
ゴーグルを外して歳がばれるのが怖かった。もちろん、書類に私のインフォメーションを書き込まなければならなかったので歳は簡単にばれてしまい、恥ずかし思いをした。苦笑。

スキーのブーツでは歩けないので靴を車から取って来てもらおうと、息子に電話をすると、
電話の向こうから、
”お前の母さんのファッキングシューズを取りに行けだって?”
とFの言葉。
”カーシングワードを使うのはやめなさい。” 私は怒鳴った。
”お前の言った言葉は母さんに聞こえているんだぞ”と息子はFを嗜めた。
ファックやヘル、カーシングワード(呪いの言葉)がひっきりなしに彼の言葉に入っていて、そういった喋り方が嫌いな私はずーっと嫌な思いで彼らの会話を聞いていたので、そういう言葉は使わないようにと朝に注意したところだった。
こうして思い通りにスキーが出来なかったFはずーっと不機嫌で、その顔を見ながら食べる高い昼食もまずくなった。息子は山に戻って滑りたいと言ったが、Fはもう滑りたくもないというので、別荘に戻った。そしてまたライフルで人を殺し始めた。スキーをしてくれていた方がマシであった。
ミスター・ムーディを母親がFの事を呼んでいたが、確かにミスター・ムーディ、ティーンエイジャーの代表であった。

私にとって最低なプレジデントウィークの休みになってしまった。
ありがたいことに左足なので車も運転できるし、仕事が家でできるので、生活に支障はないが、足を引きずっていると気分も落ち込む。

オリンピックに加担している?と私の友達。まぁ、そういうことにしておこう。
確かに今回のオリンピックはアクシデントの悲劇が多い気がする。

この怪我でスキーがしばらく(どのくらい?)出来なくなったのは、とてもとても悲しい。
運動を全くしないから、こういう怪我をすると息子はいう。確かに犬の散歩だけでは筋肉がなくなり、力もなくなり、弱々しくなっている。
この怪我が治ったら、ジムとかヨガに通うことを考えた方がようさそうだ。
今年は随分トリックが上達しているので、私の怪我でスキーに行けなくなると困る息子は、おどおどと私にスキーに連れていってくれるかと打診している。コンピューターを持って行って、ラウンジで仕事となるのだろう。
私はこの足の早期回復を願う私である。チャイナタウンの鍼に行ってこよう。(前回の故障はこの名医に治してもらった。)

世の中の贅沢な子供たちよ。親は苦労しているんですよ!感謝しなさいと叫びたい。

心にゆとりを持って生活するというのは大変難しい。

2010年2月7日日曜日

イントゥ・ザ・ワイルド

今年は心のゆとりを持って行こうと決めて以来、クリスマスプレゼントのテレビの前に座る時間を増やした。カウチに座ってルーレットのようにケープルの映画のジャンルをチェックして、興味のある映画に出くわしたら見るといった行き当たりばったりの賭けをしている。
私がルーレットでチャンネルを合したら、ウィリアム・ハートの顔。その後、エミール・ハーシュが映った。これですでに興味を持った。(私は勘で映画やレストランを探す性格なのです。的中率が非常に高い。)
ルーレットはビンゴ!

”イントゥ・ザ・ワイルド” ショーン・ペンの監督・脚本 エミール・ハーシュ主演
2008年の作品です。
エミール・ハーシュは”ロードズ・オブ・ドッグタウン” Lords of Dogtownでジェイ Jayを演じて以来、気にかけている男優である。その後は”ミルク”に出演。
これが縁でショーン・ペンと懇意になって、この映画の主人公に抜擢されたのだろうか?
映画はもう始まっていたが、5〜10分程だと思う。
息子がなんて映画?というので”イントゥ・ザ・ワイルド”というと、2、3年前に私の友達がもうすぐ公開される映画で”イントゥ・ザ・ワイルド”といのは実話に基づいていて、本は非常にいい出来なので映画も期待していると言ったらしい。それを覚えていて、自分も興味を持ってしばらく一緒に見ていた。
けれど、どうしても見逃したくないXゲームのスキーが映画が終わらないうちに始まってしまうので、私の部屋のテレビもつけた。行ったり来たりしながら、映画も見ていた。
私には有り難くない映画の見方なのだが、チャンネルを奪われるよりマシであった。

私達は本を読んでいないのでストーリーを知らなかった。
いつか彼は死ぬんじゃないかと私は思ったが、息子は死んだら本にならないとハッピーエンドを期待していた。
期待はずれの結末が次の日も次の日もこの映画のことを考える要因となった。
”あんな風に死んでしまうなんて”と息子が次の日に言った。
元気で両親の元に戻って、経験を本して出版したという筋書きであって欲しかったらしい。

彼がまだ生きていたら、彼は本に書かなかったかもしれない。
彼がまだ生きていたら、映画にはならなかったかもしれない。
そして誰も彼の話しを知らないかもしれない。
仮に彼が話しても誰も信じなかったかもしれない。

彼が書き続きたノートが完了したとき、神様は彼を連れて行ったのだ。
彼は彼が生きた証拠を残して死んだ。そしてそれをこうして映画にして私達に知らせたのだ。
まだ、生かされている私達にはまだやり残していることがあるからで、完了しなくてはいけない。まだ課題が残っているんだわ。
と息子に私の意見を述べた。

息子にはこの本を読んで欲しい。


私もかつて息子のような成長期にこのような本をたくさん読んだ。
映画などは暇があれば映画館に出かけた。3本立てで洋画をあさったものだ。
ビデオが主流になると一日中、いろんな映画を見ていた。学生だったからできたこと、親元に住んでいたからできたことが一杯あったなぁと思い出す。コンピューターもなかったから、マニュアルで楽しめることがたくさんあったんだろうなぁ。

息子はやはりコンピューターに時間を取られて本を読まない世代になってしまった。
映画は産まれた時からこんな私と暮らしているので、興味があるようで結構たくさん見ていて、映画の趣味も私と似通っている。14歳にしては上出来!

この映画のサウンドトラック、Eddie Vedderが作った。彼はアイ・アム・サムでビートルズのYou've Got To Hide Your Love Awayを歌っている。
息子はこの映画がきっかけでビートルズファンになった。
この映画の主人公の精神年齢は7歳、その娘も7歳、うちの息子もその時7歳で、サムが可哀想だと泣いたのである。ヒック、ヒックと泣いた息子を見たのはこのとき限りである。
私はビートルズのかなりのファンで、これをきっかけに息子にビートルズを聴かすことになった。この年のクリスマスプレゼントはこの映画のサウンドトラックでこのCDを車に入れていたので、スキーやアイスホッケーに行く長時間ドライブにはいつもこのCDを聞いていた。2、3年くらいは同じCDを聞き続けていたような気がする。
これもショーン・ペン主演、きっとここから彼らのコネクションは続いているんだろう。
しかも、Eddie Vedderは私達の好きな”ビッグ・フィッシュ”でも音楽を担当していた。
Eddie Vedderをしばらく聴いてみようと思う。

2010年2月1日月曜日

ご加護が一杯だった巣鴨から庚申塚

今回の出張帰国の最後の日は巣鴨となった。
本当は23日に来ようと思ったけれど、24日/帰る日の朝に来ることに変更しました。
赤いパンツを買いに行く?とタエコが言ったが、実際のところ、その赤いパンツの意味が分かっていなかった。ばあちゃんの原宿ってのも理解していなかった。
駅を出ると、おっと、ばあちゃんでいっぱい。巣鴨地蔵通り商店街という看板に向かうにつれて混雑はますます本格的に。それもなるほど、縁日でお店が出ていた。
私はアメリカでは小さいが,ここでは大きい気がした。混雑していても先が見えたからです。ばあちゃんたちは私よりずーっと小さいのでした。

この混雑の中、目に留まった塩大福。早速購入。
外の餅がしょっぱいから、甘みが増して大変美味です。何かと新鮮なディスプレイこれって随分昔からあるデザイン。
いまだに使っているなんて,凄い。かなり混雑していたのと、いろんなお店や屋台の食べ物が気になりすぎて立ち寄るため、なかなか前に進まず,何処がとげ抜き地蔵と言っているころ、このサインが目についた。境内に入ろうとするところから,観音様に触れようとする人の長い列は始まっており、線香を投げてその煙にご利益を貰おうとする人、本堂に行く人、とにかく凄い混雑で、私はやっとのことでお賽銭を投げ入れ,本堂前でお参りは出来たが,これじゃ,神様も誰が誰やら分からないだろうと思った私でありました。時間的な余裕もあり,観音様に並ぶことは諦めて、横から出て商店街に戻って歩き出すと,待望の赤パンツ屋。本当に暖かいかどうか楽しみです。私は外が黒で中が赤いシャツとタイツも買って零下のニューヨークおよび、スキーにトライします。
お店からお店でいろいろ見て満喫。日本に戻るとサイズが合うので買い物したくなる物が多く,興奮状態になってしまうのを制御するのが大変。買い出したらきりがない。
1000円均一のお店でシニアグラスと眼鏡ホールダーを買って
ばあちゃんの原宿にマッチしている私達。
この商店街,縁日が終わるのはこの大神に出くわす辺り。申年でもある私は”猿”に御縁とここの神様にもお参り。
ここにチンチン電車が通ると云えば、すぐに電車が通って写真が撮れたし、何となくいいことありそうな気配。
ご覧の通り、駅も混雑。私の帰国の時間に迫って来たため、ここで私達はUターンして、屋台の食べ物を買って、他のばあさんたちのように立ち食いすると決め、ダッシュで食べ物を確保。
焼きそば、たこ焼き、お好み焼きなどを買って、昼ご飯となりました。あれもこれも食べたい、大変難しい選択でありました。出だしに戻った辺りにあったせんべい屋。
興味もあるせんべいだが。ニンニク、開運厄除。
でも時間切れ、次回に続く!
上野に向かったタクシーの運転手さんが巣鴨が混んでいたのは4のつく日だったから,しかも日曜日、しかもお天気がよかったからと教えてくれたんで、アメリカに戻って調べてみると。

とげぬき地蔵尊高岩寺の大祭は年3回、「正五九」の24日、つまり1月24日、5月24日、9月24日である。大祭は午前10時30分と午後3時30分の 2回、本堂で大法要が行われる。来馬住職以下20人位の僧侶による「大般若経」の転読は圧巻である。無病息災のご利益にあずかろうと、大勢の善男善女が経 文の風を受け、僧侶の衣に触ろうと手をのばす。この日は10万人からの人出で、JR巣鴨駅から都電荒川線・庚申塚駅まで露店も200軒ほど出る。お参りが てら下町の雰囲気をお楽しみの程。

凄いご加護を預かった気がしました。予定したってなかなかこの3日の大祭には行けません。

2010年1月29日金曜日

日本人でもあり、アメリカ人でもある私。

時差ぼけがあるようで昼間に眠くなり、真夜中に元気が出たりします。
今週はブログを書きながら,今後の構想を練っております。
今年は少しは”心のゆとり”を持って作品活動をしようと思います。
たまには好きな映画も見なくちゃいけないなぁと思います。

帰って来て二日目に偶然に出くわした映画は”パールハーバー”でした。
リモートコントールをチャウダーが踏んでチャンネルが変わってしまい,どのチャンネルなのか、何の映画だったのかも分からず、息子にストーリーを話すと、それは”パールハーバー”だといってチャンネルをあわしてくれました。
”この映画を見たことないの?”
と聞くんです。
この映画は2001年の春にロードショーされて,ナンシーが、”この映画を見に行くなら,私は韓国人とかいたT−シャツを着て行った方がいいわよ。” などというので,もちろん見に行かず,そうこうしているうちに,9・11となって、ますますこの映画を見に行けなくなり,そのまま見なかった映画だと言った。
うちの息子は学校で見たらしい。一体,あの教師はこの映画で何を子供たちに教えたやら?
恋愛ストーリーで始まるこの映画は1時間を過ぎたが、まったく先が見えない。
”何時に終わるの、この映画?”
”1時半”
“まだ2時間もあるの?一体、どう、展開させるのよ。この映画、後2時間も?”
そんな暇はないなどと思ったものの,たまにはいいかと,後2時間、最後まで見ることにした。ともかく、私は時差ぼけで夜中は眠くないのである。

日本から帰ったばかりなので私はまだ日本人で、日本語で考える確立が80%なので(日本語でまだ喋っている)、アメリカに奇襲をかける日本人は私の国なのである。
私はこの真珠湾の奇襲のことでいつも大変悪く言われるジャップについて,確かにひどいことをしたと思う。
けれど、降参しないという理由で2度も実験代わりに長崎と広島に原爆を落としたことについて,あえて触れないアメリカにこのことばかりを攻められたくはないと思う。
戦争自体が間違っているのだ。ジャップが間違っているのではない。

一人の女を愛した親友は特別機動隊で日本に奇襲をかけるというエンディングに近づいて来た。
日本はあの時点ではすでに戦争を続けるだけの財力も気力もなかった。アメリカはそれを知っていたはずである。アメリカは真珠湾の奇襲も知っていた。だから,日本が破壊するはずの母艦は半分しか真珠湾になかった。
原爆を落とさなくても日本が降参するのは目に見えていたのに,実験として原爆を日本に落とした。
この映画の最後は東京の奇襲にして、長崎や広島の原爆ではなかった。
あのキノコ雲で降参した日本ではなかった。
しかも彼らか奇襲するときの日本を映したとき、奇麗な着物を着て、傘をさして歩いている2人の女を映した。あの頃の日本は贅沢の1つも出来ず、皆がもんぺ姿がやっとだった。
着物も多くの贅沢品は国が武器に変えた。そんなことは映画を作る者も国も知っているはず。こういった映画はCIAの検閲があるはず。なんとアメリカに都合のいい筋書きだろうか?!

冗談はよしておくれと言いたくなった。

この映画は単なるラブストーリーである。悲惨に死んで行く人たちをタイタニック並みに作ろうとした努力は認めるが、最後はキノコ雲にして欲しかった。そして,今も尚,後遺症に苦しむ子孫たちのことに触れてはどうだろう?
この映画が放映された同じ年に戦争を始めたブッシュ政権を私はやはり許せない。

私は乗り物に乗ると眠くなるという今回のトラベルだったが,帰りの飛行機の中では時差ぼけにならないために本を読むつもりだった。つもりだったの言うのは,寝てしまったということです。息子の言うには,一睡もしないと時差ぼけにならないそうです。
私が選んだ本は,カポーティのティファニーで朝食をー村上春樹訳である。”Capote” 2005の映画を見たのは,スクリーンプレーを書いたのが私の好きな役者のDan Futtermanでオスカーにノミーネートされたからです。その後、In Cold Blood (1967)の映画を見たりして,少しトルーマン・カポーティにハマっておりました。
村上春樹さんは私の大好きな作家です。ですから、トルーマン・カポーテと村上春樹と書いてあるのを見て,迷わす買ってしまった私です。
彼がカポーティをどう彼の日本語の世界にしているのか、とっても楽しみです。これを読み終えたら、またヘップバーンを見たいと思います。そして、5番街に行きたいと思います。

映画や本に出会うタイミングは意外と偶然という必然なので、その機会をを大切にしたいと思います。
母が死んだ時は”東京タワー”が飛行機の中で、親友の男友達が癌で死んだ時は"象の背中”を飛行機の中で見ました。不思議なタイミングでした。

二日間の誕生日祝い。

今年は誕生日を日本とアメリカでダブルで出来て大満足。

アメリカに16年もいると誕生日はケーキにキャンドルで願い事ということをしないと誕生日を祝った気がしない。
何と,息子が私の大好物のストロベリーショートケーキをこの辺りではナンバー1のベーカリーで買って来てくれていて、サプライズで祝ってくれた。
息子の父親がJFKに息子と一緒に迎えに来てくれたので、なんと12年ぶりに家族3人でのケーキ。息子が仕掛けてくれた大きなキャンドル1本で願い事。有り難いことです。

日本では東京ドームのキルトフェスティバルの最終日が誕生日。
なんと晴天!
大親友がお誕生日の産まれた時間にお祈りすると一番パワーがあると20年ほど前に教えてくれてから,私達は毎年、それを欠かさないようにしている。
それが叶っても叶わなくてもするようにしている。
今年は時差なしで出来るのだから,有り難い。
親友たちはこの時間を見過ごさないようにとメールまでくれて協力的。
東京ドームの観客席に座ってさせていただきました。なんと休憩席に23列の123番と言う私の誕生日番号があったのでそこに座りました。何事も縁起担ぎ。笑その後。遅れたお昼ご飯は(3時半)東京ドームの裏口を出てすぐ横にあったカウンターだけの定食屋。なんとお店の名は”勝勝亭” 名前は食べているいるときに友達が気付いて,縁起がええやんと言ったのでした。笑

創作キルトバックの展示場で3人の作家さんが私の生地を使ってカバンを作ってくれているのを発見して、とても嬉しい気分になった。マイケルミラーを出て3年め。フーディズの生地が日本の皆様の手で作品になっているのは大変光栄です。

この3柄、
Play-loop Dots、Col. Midnight, /Spot Dots、Col. Chestnut/Egg Dots、Col. Black from Morning Call Group
5月に発売するHoodie's Collection - Joy Basket
(スタンダードコレクション)に入り、
Spot Dots,Egg Dotsは新色も用意!
Play-loop Dots/ Col. MidnightSpot Dots、Col. ChestnutEgg Dots、Col. Black

しかもワインテーストのところでワインを1本、お誕生日祝いに頂いた。笑
気分上昇でバーゲンに走り、美味しいものを食べ、親友たちと一緒に過ごした誕生日。
贅沢な足掛け二日の誕生日でした。ありがとう。

今回のメインのお仕事。
株)ナカジマからでた私のエプロンのキットは好評なデビューとなりました。売り切れご免のコンビネーション。
お問い合わせ:株)ナカジマ
tokyo@nakajimaweb.co.jp

2010年1月15日金曜日

東京国際キルトフェスティバルと私のエプロン

カテゴリー/クラフトnet  株式会社 ナカジマから私のエプロンのレシピと生地のキットを東京国際キルトフェスティバルで販売します。
私は21、22、23日とブースにおります。
お時間がお有りでしたら,ご来店ください。
やっと、噂の東京ドームのフェスティバルに行けます。
ワクワクしてきました。

2010年1月13日水曜日

寒い!

日本に帰国します。
大阪の家に寄って、東京ドームのインターナショナル・キルト・フェスティバルに行きます。
一週間の出張です。
東京、大阪ともに気温が3度という話しです。
こちらは零下なので、3度と聞いても驚かないのですが,日本は家の中が寒い。
10度でも家の中はとっても寒い。電気カーペットの上から離れられない。
トイレに行くのも考える。動けない。これが日本の冬です。
そこに行くのだと思うと考えただけで寒い。
その家に友達2人を泊める予定。申し訳ないなぁ。

こちらは凍り付く寒さなので、犬の散歩も考えてしまう毎日。
けれど,車の生活、家の中はどの部屋も同じ気温だし、暖かい。

毎週末に行っているスキー、零下10度以下、これも寒い。
それなのに,たかが3度なのに、日本に帰ると考えるだけでも寒い。