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2010年4月14日水曜日

売れました。

この2つ、売れました。
同じのを2つ作りたくないというのが私の気分なのですが、お店に飾る限りは売ったほうがいいというので、オーダーが入ってから同じ物を作る事にした。
で、これが複製です。オリジナルより良い出来でした。買って下さった方も喜んで下さると良いのですが。このぬいぐるみシリーズはただ今,3種類のネコ、3種類のサカナ、2種類のトリがあります。ご希望の人があれば、複製は6500円でお作りします。
全く同じ物を希望されても,生地が違うのをご希望されても、値段は同じです。
Hoodie Pincushionに写真を記載します。(全部載せるまで少々,お待ちください)
ここに記載のカバンは9800円でお作りします。

これを仕上げて春スキーに行ってきました。真夏日の気温まで上がった先週、大雪で貯めていた雪も溶け,私達が行った週末は地面が見えたスロープでした。6年も同じ時期に同じところに行っているが、こんな景色は見たことがない。スキー場の閉鎖の前の日にポンドスキムと言うイベントがある。メインロッジの前のスロープに大きな池を作って、スロープを滑ってそのポンドを超えるのにスノーボーダー、スキーヤーが挑戦するイベント。みんな面白い衣装を着たり、工夫したりするので,見ていて大変楽しい!これに参加したいというのと、レールジャムと呼ばれる競技に参加したいということもあって、いつもこの最終日の週末をわざわざ選んで来る。息子の誕生日プレゼントの一環として始めたバケーションなので,4月13日に一番近い週末でなければならない。
しかし、雪が溶けてしまったため、充分な雪がなくてポンドを作れなかったので、ポンドスキムはキャンセルされてしまった。この日のためにホテルをブックしている者も多いのでがっかりした者も多いはず。私達も含めて。
息子は今年こそ、トライしたいと言っていたのにキャンセルされてしまった。しかしホテルの予約はキャンセル出来ないので、雪が最悪の状態と分かっていても来るしか仕方がなった。
しかし、競技はキャンセルされなかった。しかもその日は晴れて気温が下がって,なんと朝はちらちらと雪まで見た。奇跡!
息子は午前中、このレールジャムを楽しんだし、今年はかなりテクニックが上達したし、良いシーズンだったと思う。
ホテルはキッチン付きのスタジオタイプで、奇麗だったし、キッチンがあるので家にいる気分で過ごせる。バルコニーの下には温水プールとジャグージがあるし,大きなサウナもあった。
6年も来ていると美味しいレストランも知っているので,スキーのあとも退屈しない。
結果的にはとても良い休養,バケーションとなった。
私たちはここで過ごす春スキーの思い出を更新した!

2010年4月4日日曜日

クレイジーうさぎの復活祭。

イースターは復活祭。うちの息子はイースターの時期に産まれた。肺の調子が悪く、産まれてすぐに特別室に入れられていた息子を置いて、私だけが退院したのはイースターの日。あれから15年。
このうさぎはマイケルミラーにいた時にベビーの柄で私がやったデザイン。その中の3匹がグリーティングカード,ウォールアートになって,復活デビュー。バックグランドには私の定番商品となったエッグドット。5月にJoy Basket,Blank Quiltingからライセンスとして出た私の生地のグループから第一弾の定番グループが5月が出る。
在庫を持たない方針の社長が独断でディスコンティニューにしてしまった売れ筋のデザインを復活させて,新しいデザインと配色を増やし,楽しいカラーパレットのグループにした。

よくよく考えると,この復活祭あたりは私の転機タイムと言っても過言でない気がする。
赤ん坊を授かったのは一番の大きな人生の転機である。今住んでいる家を購入することになったのが,イースターの頃である。前庭のマグノリアの満開を忘れられない。窓から見えるマグノリアは今はまさに花開こうとしてるところである。
昨日書いたブログにもあるが,ひょんなきっかけから健康管理を強いられた私は,珍しく自己管理を行なっている。丸3年怠った自己管理を医者にしてもらうというのは悪い気がしないでもない。面倒をみてくれる人がいるというのは幸せな気がする。
困った時に助けを頼めるところがあるというのが,一番の幸せだと私は思っている。

一度書いたと思うのだが,私には水難の相がある。(占い師に言われたが,確かにある)
この家の地下の水の被害では散々な目にあっている。それはいつもこの時期。雪解けの後の春雨の季節となる。私の家は丘に建っているので大量の水が私の家を通っていくのだと思う。これは引っ越して3年目の大雪の年から始まった。雪好きの私が雪溶けに悩まされるとは悲しい因縁である。
6年前についに大工事をしたので,水を吐き出してくれるポンプが働いていると問題はない。
母が死んだ年の今頃、ポンプが潰れてひどい水浸しになった。日本に帰っていたり,大変な時期だったので、地下を片付ける時間もなく、母が死ぬ一ヶ月前にプリント仕上がった商品が全て地下の床に置いたままになっていた。それが60%,水に浸かった。
水に浸かった紙を捨てるのは大変なのである。凄く重い。
あれから3年経つので,ポンプを新しいのに替えないとまた同じ被害にあうと考えだしたのが2週間程前。嵐で電気が使えなかった地域があった事から,バックアップバッテリーを設置しないとポンプが止まると水浸しになると危惧しだしたのがきっかけだった。
地下の工事をしてもらった会社に電話をしてポンプとバックアップのバッテリーの値段を聞いた。バックアップのバッテリーは嵐の後で多くの人が購入したらしく在庫がなくイースター以降に届くというので,ではその時にポンプも変えようと思った。
だが,この電話の二日後にポンプは潰れた。また私の地下は3年前と同じように水浸しになった。
私が口にした事が現実になるという事は多々ある。息子は恐がり,頼むから悪いことは考えないでくれと言う。確かに私の予感はかなりの確立で当たる。
ポンプが潰れた,至急来てくれと会社に電話した時,電話に出た彼女は,こういった。
”ええ、あなたの事は覚えているわ。2、3日前の事だもの。こうなる事を知っていたみたいね。” 最初は今日は行けないと言ったが,すでに凄い水の量だったので、状況を説明すると3時間以内に来てくれた。
3年間のアカを落とすために、段ボールに入ったままのショーで使ったものや、在庫の整理をしなくてはと毎日思っていた。
この水は再度、クレンジングをしてくれた。
そして何より確信したのは私の予知能力である。次に起こる事のヒントを確実に前もって教えられるという事を信じなければならない。自分を過信せず,努力を怠らずがモットーだが、自分の勘を信じる事も大切だと知った。
悪いことが当たるなら良い事も当たるのである。予感がしたら,直ちに行動に移らなくてはいけないとう言う事も確認した。
結果的には今回の水難,健康診断、仕事の方向性など、この復活祭の辺りを機転にして非常に前向きなのである。
復活祭の前で終わってしまうはず私の展覧会は店のオーナーの判断で4月末まで行なうことになった。
今日は晴れて良いお天気である。
二日かけて,地下の片付けをし、来週も大掃除の予定。
春休みの息子に貸せた仕事とは、
彼の部屋の本箱と勉強机と箪笥を買い替えるので彼の部屋の物の整理と家具の組み立て(イケヤの家具なので自分で組み立てなければならない)
いらない物を大型ゴミ回収の木曜日まで出したいのである。

そして私達は今冬最後のスキーに行く。
そして息子は15歳になる。
春は来るのである!クレージーうさぎは嬉しそうに跳ねている!

健康のクレンジングタイム!

気がつくと前のポストから2週間も経っていた。
私のお店Hoodie in the boxに今回のショーに出ている作品を載せ,ホームページにも載せたので,凄く時間がかかってしまった。
そうこうしているうちについに春なってしまった。こちらは明日がイースター。
その後の週は学校は春休み。私達の大好きな冬は終わったようだ。が、息子の誕生日祝いで行き始めた春スキーは6年以上になる。勿論、今年も行く。それで冬納め。

今頃ですが,ついに今年の方針を決めた。今年はクレンジングの年にする。
心のゆとりが年頭の目標だが,これは大変難しい。心のゆとりを持つには,整った環境、オープンな空気、傷んだところは修正しなくては,ゆとりはできない。

いつも健康診断を受けている人は健康診断を受けないと不安になるかもしれないけれど、私のようにずーっと医者に行かない人は検査なんて怖くて受けれない。
医者嫌いの私がついに医者に行ったのは、処方箋をもらわなければならなかったからだ。
保険の関係で新しい医者に行かなければならず、調べて貰って決めたのは大きな病院のクリニック。
担当の医者に乳癌や子宮癌の検査は受けていますか?と聞かれて,いいえと答えると、私の糖などの数値が高い事や両親を癌で亡くしているとなると、しかも,歳も歳なんで,放っておけないとさっさとテストの日にちを決めてしまった。
なんと私は本当にたくさんの検査を今受けている。
書類を手渡されているのに、まだ行っていないのは足の医者と目の医者。アポを取るのを毎日忘れている。
問題があると病院から電話がある。検査後電話がないことを願ってどきどきしていた。
しかし、病院の電話番号の3000というナンバーが携帯に!
こわごわ取った電話は癌検査に問題はなかったが,数値がかなり高いのでもう一度来て下さいという連絡だった。ある一種の喜びと困惑。
ストレスと毎日戦っている私は,癌でなかっただけでも感謝しなければならないと思った。数値は何度か取ってみないと本当の数値は分からない。前回のはたまたま高かったかもしれないし、3ヶ月に一度,血液検査をしこの一年間、面倒をみましょうとこの若医者は言ってくれているのだ。3ヶ月後の血液検査まで食事療法や運動をして結果をみようということである。カウンセラーまで付けてもらって,健康管理を強いられている。
病院を選んだせいで、私はあちらこちらにたらい回しされている。
個人医だとこうもいかなかったので、自分の判断に感謝しなくてはいけない。

仕事をしだすと動かない。これも良くない。チャウダーの散歩以外には何もしていないので,確かに筋肉が落ちて,惨めな年老いた身体に見える。
こないだのスキーの怪我も,原因は運動不足で足の力がないからである。
母が亡くなる前までは泳ぎに行っていたが、4年前から始めた自分の会社の運営で全く時間がなり、母が亡くなり,景気がどん底でジムは時間がないので辞めてしまった。
泳ぐのが良いんでしょうねと痴話話のように若い中国人の担当医にいうと、僕の行っているところはプールがありますよ,しかも24時間営業と勧めてくれた。
調べて行ってみると明日から(4月1日)2000円上がると言われて、7日間のフリートライアルをしてみるつもりが、即座にメンバーなってしまった。理由はプールとスティームサウナとバスケットボールコートと月々の支払いで2ヶ月分の前払い。いつでも辞めれる。しかも一ヶ月5000円は悪くない。
私が前に行っていたところはお金に余裕のある人たちが行くジムなので、ナイスである。会員費もナイスである。ここの2、3倍。
問題はここに来ている人たちなのだが、スパニッシュと黒人が70%、本格的に鍛えている者、恐ろしく身体の線が崩れている者、ギャングのような若者でいっぱいである。
一日目は泳いでサウナに入って、ジムで少し歩いた。エアロビクスのところで何かが始まりそうなので入ってみると,キックボクシングと呼ばれるエアロビクスで私は30分で途中下車。一日目にこれだけ体験したら充分である。
2度目のジムは、息子がアイスホッケーのクリニックを受けている待ち時間、またジムに行くことにした。1時間という時間では泳いでサウナは難しいので,バスケットボールに挑戦することにした。私は中学、高校とバスケットをしていたので今でも時々,バスケットはする。
最近息子がバスケットを高校でやり始めたので,時々息子と息子の友達とその父親などとYMCAに練習に行く。今日は自分の加入したところでバスケットのシューティング。女の子がシューティングしていたので,それなら私もと思った。彼女は10分くらいで帰ってしまい、女は私だけ。ギャングのような若者たちの中でシューティングを40分もした。私はめげないおばさんだ!
しかし、ここの設備はとてもいいと思う。プールも塩水でクロリンでないのはいい。新しいし、ナイスな事はナイスなのだが、通っている人たちがちょっと私の世界と少し違う人達なだけである。
私は健康のためにしばらく通ってみる。

医者嫌いの私にはお気に入りの鍼医者がチャイナタウンにいる。
全国から彼に会いにくる。看板もないのに,次々と人が来る。彼は名医の中の名医である。
3年以上、私は時間を見つけられずに彼のところに通えなかった。そのうちに電話をなくした。彼のところの電話番号をそれですっかりなくしていた。一昨年、直接行ってみるとビルが危険な状態なので全店舗立ち退きと書いてあった。
中国名もスペルも定かでなく,どうやって電話番号を見つければ良いのか分からなかった。もう見つけられないのかと諦めた頃、コンピューターに記録が残っているのを発見。電話をして引っ越し先を聞いた。斜め前のビル!
私は再び、彼の鍼治療が受けれると本当に嬉しかった。捻挫をスキーでした時、彼に会いに行ってこいという事か?と思ったが,即座には行かなかった。この高い数値、何が何でも彼のところに行かなければと思った。35ドル。40分。特別ミックスの漢方も煎じて飲みだした。感謝,感謝。

大まかに、ブログを書かなかった理由を書いたが,くわしいことは次回に続く。

追伸ー只今(投稿から2日後),少し文を修正しました。いろんなことを急いで書きすぎたようです。ごめんなさい。

2010年3月21日日曜日

オリジナルパラソル。

東京ドームのキルトショーでお知り合いになったフクサン(株)の高田サンに私の生地で日傘を作っていただきました。出来上がった傘は私の生地を仕入れて下さっている(株)ナカジマに送っていただきました。
そして(株)ナカジマの方が出張でアメリカに今週来られ,傘を持参してくださいました。
確かに写真より実物のほうが俄然,10倍くらい可愛いです!
早速,ショーに持って行って飾ってきました。
どうでしょう、凄くいいでしょ。

このエプロンは”ビサイズフルエプロン”と言って,8変化します。
けれどこのエプロンはドレスのようなので、日本語板は”お出かけエプロン”と名を付けました。私のサンプルエプロン(写真)は表側はパッチワークして,アップリケ付けてと賑やかしく飾っています。ボタンでトップを付けているだけなので,取り外すトスカートになり,しかもリバーシブルです。大きなポケットと2つの小さなポケットも取り外し自由です。
色々と自分なりの工夫が凝らせます。

肩からかけている小さなハンドバックは、“ビサイズハーフエプロン”(英語版)の作り方のブックから作れる8変化の1つ。
日本版は ”リバーシブルハーフエプロン”ー4変化、Hoodieのオリジナルの生地でキットとなって(株)ナカジマから販売しています。

フルエプロン(リバーシブルお出かけエプロン)はまだ日本では展開しておりません。
興味のある方はこちらに御連絡ください。

2010年3月17日水曜日

Hoodie's Goodies の展覧会を町のクラフトショップで!

大変,忙しかったです。
風邪をひいて,足を捻挫していると気分はなかなか躁状態にはならず、オリンピックが終わったら、ショーの準備に没頭しようと体調を整えているつもりなのに,咳が止まらない。
こんな時に息子は非常に深刻な問題ごとに巻き込まれるし、私はとても仕事をしている状態ではなかった。
かといって,私のショーは待ってくれないので、ショーの前の3日間は睡眠3時間となってしまった。ともかく無事にショーは始まった。
オープニングの日は嵐に突入してしまったので、来ようと思っていた人も家を出る気分にならなかったと思う。けれど,私が招待した人は半分くらい来てくれたし、何より、元ダンナが来てくれた。ーーここに大変,興味深い因縁が!!!!ーーホームレスの話しを期待してください!
この嵐は大雪で弱った木々にだめ押しで,多くの木が根っこから倒れたり,枝が折れたりして被害がでた。大きな木が車や家を大破しているのを見た。停電のところも多かった。信号が機能していないところがまだたくさんある。
うちは水道が半日,止まった。電気でなくて良かったとつくづく思う。
さて、こんな状態で始まったショーの事に戻るが、私はここの2番目の招待作家だったらしい。招待作家は場所代を払わなくてもいいが、お店の意向に合せなくてはならない。
このお店は手作りの物だけを置いていて、クラフトのクラスもしている。
店の奥の部分の2面の壁とその周りを使っていいとの事で、ここのオーナ−3人と綿密な相談で商品を決めた。額に入ったアートワークを希望されていたので、彼らに私のアートライブラリーから選んでもらった。
町のメインの交差点の近くにこのお店はある。小学校の近くなので下校時は子供たちや両親で賑わう。だから、子供の部屋に飾るアート,台所に飾るアートを中心に選んだ。
今までのショーとは少し違う。
彼らもこうしてオープニングをするのは2度目なので,人を招待するのにやや経験不足というところがあった。それにしては私達はよくやった。これからの3週間に期待しよう。
売ってくれなくては困るというので,展示用だけのつもりのぬいぐるみやエプロンはオーダーが入ってから作るということにした。初日にぬいぐるみが2つ売れた!私は同じ物を2つ作りたくないので,余り嬉しくない。笑。学校の近くなので私の生地のデザインを再生紙にプリントしてリフォームしたノートブック。
可愛いです。ここがレジです。そこに私のキルトを飾ってもらいました!

2010年2月25日木曜日

雪、雪、また雪で、オリンピック。

8時に雪かきをして、車にかぶさっている木の雪も下ろしたのに3時間後でこの状態。湿気を含んだ重い雪。
足首の捻挫もマシになって、ようやく歩けるようになったのに、この雪でぎっくり腰なんて、困るなぁとゆっくりゆっくり雪かきしたけど、明日の朝は、もっと大変そう。
学校は休み。私はNYに仕事に行こうと思ったけれど、行かないと思う。
なんせ、この雪。
追加ーこの写真が次の日の雪かきの後。車が出れるようになってから,雪かきをしていて親指を痛めたと言う息子の為に湿布薬を買いににドラックストアに出かけると、雪が重たかったためにあちこちの枝が折れて被害がいっぱいの私の町。なんか他の町より雪が多いような気がする?

オリンピックも終わりに近づいてきました。
アメリカは一杯、メダルを取っています。
日本も応援しているけれど、なかなかメダルに到達しません。
今日はフィギュアスケートで浅田真央が銀メダル。
金妍児(キム・ヨナ)の高得点で金メダル確実とアナウンサーまで絶賛しているそのすぐ後の演技だったから、プレッシャーも凄かっただろうによくやったと思います。
こうなると彼らの技術より、精神状態の事を気にかけてしまいますね。
堂々と演技をするみんなは凄い根性だなぁと感心します。
高橋大輔はアメリカのエヴァン・ライサチェクやロシアのエフゲニー・プルシェンコに注目が集中している中、よく頑張りました。
織田信成、小塚崇彦もよくやったなぁって思います。
アポロ・アントン・オオノのおとうさんは日本人なので、やっぱ、特別応援してしまいます。ミライ・ナガスもアメリカですが日本人として応援してしまいます。彼女も最後のスケーターだったけれど、立派に滑ったなぁと関心。
16歳でうちの息子とそう変わりませんが、彼女の名前と同じで彼女には、”未来”がありますね。
少なくとも、私のようにアメリカに住んで子供を育てている立場からいうと、アメリカに住む日本人の活躍に、拍手です!やっぱ、親の姿勢が子に繋がるわけですから。
アイスホッケー、1980年のミラクル/アメリカがロシアに勝った2月22日から30年。
この時の勝者、マーク・ジョンソン(ロシアとの試合では4ゴールのうち2ゴールが彼)が女子のホッケーチームのコーチで30年ぶりに彼に金メダルと期待したけれど、カナダが優勝してしまいました。
まだ、男子ホッキーが残っています。ロシアがカナダに7−3で負けているし、アメリカは5−3でカナダに勝っているし、さて行方は??
”ミラクル”この映画は凄く良くできた映画です。凄く実話にそって作っています。関心!
ここに出ているプレーヤーはほとんどが本当のアイスホッキープレイアーをオーディションで選んだので、演技は素人です。
見ていただければ分かりますが、全くそんな風には思えない演技です!
私達はおそらく30回くらい見ています。見てください!

2010年2月22日月曜日

悲劇のプレジデントウィーク

リンカーン(2/12)とワシントンの(2/22)誕生日を挟む2月の第3週目はプレジデントウィークと呼ばれて1週間休みにする学校が多い。私の町も3年前まではそうだったが、今は月曜と火曜の二日間だけ休みである。
この週はアメリカの冬休みみたいな週と思ってもらっていい。この期間はリゾートはやや込み合うので格安では旅行できない。だから私としてはうちの町が休みにしないのはありがたいことである。
第2週目に大雪が降って、二日も雪で学校が休みになったので、スキー、スキー気分の我が家であった。冬は短いので、雪に恵まれた時にはそれを謳歌しなければならないと私達は思っている。
Mountain Creekのサイトに行って、Terrain Park Floaty 3 on the Step Downというのをクリックしてもらうと、うちの子のジャンプが見れる。(いつまでアップしているかは分からないので、なかったらごめんなさい)
ジャンプ、何回転するか、レール、こういったトリックを練習するためには、できることなら毎日でも行きたいところだろうが、学校、宿題、他のスポーツ(アイスホッケーにバスケット)試合に練習、その上スキーだなんて、そう簡単なことでもない。しかも連れて行くのは親である。
スキー山の麓に住みたいぐらいだ。

このジャンプは大変危険である。着地が急な坂になるのでスキーがはずれたりする可能性が高い。実際この日、彼ははずれたスキーで唇を切ってドラキュラのようになり、真っ白な雪に真っ赤な血で染めた。しかもしばらく動かなかったので、歯を折ってしまったのかと思った。救急室で見てもらったら、少し唇を切っただけでたいしたことがないと言われると、本人も私もほっとした。
その日の夜に自分のジャンプがスキー場のサイトに載っているとわかって、“この怪我はもう気にならない。”と、ますます意欲的である。
大雪のお陰で、木曜、土曜とスキーに息子とその友達、Fを連れて行った。

Fの家族(双子の弟と妹がいる)は湖のほとりにある別荘に土曜日から行くが、Fはバスケットの練習とインドアサッカーの試合があるので一緒に行けない。私たちも日曜日にはアイスホッケーの試合があったので、その別荘には行けなかったので私がその子を週末預かって、日曜の夜に私達がその別荘に行くという事になった。
そして、プレジデントウィークの月曜と火曜が休みをその辺りにあるスキー場で私たちもスキーするという事に何となくなってしまっていた。
私もこのスキー場には7年前に行ったきりだったので、久しぶりに行ってもいいかと思った。
私は彼の両親もこの二日間、そこにいると思っていたが、火曜日には仕事に行かなくてはならないと言って月曜に帰ってしまった。これは私の予定外だった。
私はかわいそうにも、この二人のティーンエイジャーの面倒をもう一日、一人で見なくてならなくなった。
こないだの日本の出張の時、うちの子を預かってもらったので、これも使命と受け入れたが、この状態での6日間は長かった。私の逃げ場所がなかったからである。
親がいなくなって、別荘の主となった金持ちの息子,FはXーBOXをリビングルームの大きな液晶テレビに接続し、アメリカンアーミーがテロリストを殺すというゲームを始めた。

晩ご飯は彼の勧めで日本食のテイクアウトとなった。
そのメニューにある住所をナビは読み取らないので、Fについて来てもらおうと思ったが、ゲームをやめない。”どうやってそこに行くかなんて知らない。20分ぐらいかかるから、すぐにでも出た方がいい。”と言って自分はついてくるつもりはないようなので、息子を連れて出かけた。
雪の降る中、私達は迷い、何度もそのレストランに電話を入れた。
一時間以上かかって、ようやく食べ物を持って帰ったら、私が席に着く前に既に食べ、食べ終わると、すぐにゲームを始めた。

その家はかなり高い温度に家の暖房をセットしていたので、特に2階は乾燥していて、私の咳は止まらず、部屋の窓を開けていたが、凄く体調が悪くなった。
部屋にある小さなテレビでオリンピックを見ながら休もうとしたが、一階から聞こえるライフルガンの音がうるさくて、全く休めない。
画面が血だらけになるゲームなど見たくないので、下に飲み物を取りに行くも億劫で、息子に持って来てもらった。
ゲームに興味のない息子は2階の別のテレビでオリンピックを見ていた。
12時についに私はその子を”ゲームをやめて寝るように”と怒鳴ってしまった。

次の日の朝、雪が降っていてコンディションも良くなかったし、私はどうしてもスキーに行く気になれなかった。
起こしても起きない子供を連れて行く気もしない。
しかも起きるなり、ゲームを始めたから、たまったもんじゃない。

うちの息子は小さいときから、ゲーム向きでなく、1時間もするとすぐに飽きで外に遊びに行きたくなる。だからPSPのブームの後から、Wii, XーBOXなどはうちにはない。
最近の子供たちがどんなゲームに中毒になっているかなど全く知らなかった。
親は何百ドルも出してX-BoxやWiiを買い、液晶テレビに買い替え、この手のソフトを買い与えているのである。お金のある家はツーインカムだから、ずーっと親が家にいるという事がない。しかも、家も大きいので地下室とか親が入らなくてもいいところを子供に与えれる。親は2階の自分の部屋で自由を手に入れれるので、機関銃の音も聞かなくてもいいし、画面の血も見なくてもいいのである。
息子の話ではアメリカではなく全世界のブームで85%までの子供がこれらのゲームに熱中しているという。驚いて声も出ない。

人の家で睡眠もうまく取れなかった私はジャンプの山の側面を滑って行く息子とFの後について、つい同じところ滑ったら、少しジャンプしてしまった。これも予定外で、着地に失敗して転んでしまい、即座に外れなかった左足のスキーで足首をひねってしまった。
立ち上がろうとしたらかなり痛かったので、息子に電話して来るように言って座って待っていたら、他のスキーヤーが救急隊を呼んでしまった。
立てないならソリで下まで連れて行くと言う。この際だから御世話になることにした。これはスキー歴の長い私にとって始めての経験だった。
救急隊は私をトレインパークで拾ったのと、私は小さくてティーンエイジャーのような格好だしゴーグルして口も覆っていたから、私が35歳以下である事を疑わなかった。
ゴーグルを外して歳がばれるのが怖かった。もちろん、書類に私のインフォメーションを書き込まなければならなかったので歳は簡単にばれてしまい、恥ずかし思いをした。苦笑。

スキーのブーツでは歩けないので靴を車から取って来てもらおうと、息子に電話をすると、
電話の向こうから、
”お前の母さんのファッキングシューズを取りに行けだって?”
とFの言葉。
”カーシングワードを使うのはやめなさい。” 私は怒鳴った。
”お前の言った言葉は母さんに聞こえているんだぞ”と息子はFを嗜めた。
ファックやヘル、カーシングワード(呪いの言葉)がひっきりなしに彼の言葉に入っていて、そういった喋り方が嫌いな私はずーっと嫌な思いで彼らの会話を聞いていたので、そういう言葉は使わないようにと朝に注意したところだった。
こうして思い通りにスキーが出来なかったFはずーっと不機嫌で、その顔を見ながら食べる高い昼食もまずくなった。息子は山に戻って滑りたいと言ったが、Fはもう滑りたくもないというので、別荘に戻った。そしてまたライフルで人を殺し始めた。スキーをしてくれていた方がマシであった。
ミスター・ムーディを母親がFの事を呼んでいたが、確かにミスター・ムーディ、ティーンエイジャーの代表であった。

私にとって最低なプレジデントウィークの休みになってしまった。
ありがたいことに左足なので車も運転できるし、仕事が家でできるので、生活に支障はないが、足を引きずっていると気分も落ち込む。

オリンピックに加担している?と私の友達。まぁ、そういうことにしておこう。
確かに今回のオリンピックはアクシデントの悲劇が多い気がする。

この怪我でスキーがしばらく(どのくらい?)出来なくなったのは、とてもとても悲しい。
運動を全くしないから、こういう怪我をすると息子はいう。確かに犬の散歩だけでは筋肉がなくなり、力もなくなり、弱々しくなっている。
この怪我が治ったら、ジムとかヨガに通うことを考えた方がようさそうだ。
今年は随分トリックが上達しているので、私の怪我でスキーに行けなくなると困る息子は、おどおどと私にスキーに連れていってくれるかと打診している。コンピューターを持って行って、ラウンジで仕事となるのだろう。
私はこの足の早期回復を願う私である。チャイナタウンの鍼に行ってこよう。(前回の故障はこの名医に治してもらった。)

世の中の贅沢な子供たちよ。親は苦労しているんですよ!感謝しなさいと叫びたい。

心にゆとりを持って生活するというのは大変難しい。